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「生活」というエレファントカシマシのアルバムがあったような。やたらに、ボーカルの音圧(音量)が大きかったことを覚えている。たぶん、通して聞いたことはない。
しかし、このバンドには、文人気質があり、そこで描かれる生活とは、何かに破れた後に発見される日常、という趣きであった。それは、単身者、もしくは、時流に乗れずに孤立している若者、の視点であったと思うが、太宰治にあっては、発見されたのは「家庭」「市民生活」だったこともあった。 この本には、もちろん、エレファントカシマシも太宰治も出てこない。 しかし、働いて食べて寝て、みたいなことを生活と呼ぶのならば、それは誰もがしていることで、ことさらに、言葉にしなくてもよい。 生活、というのは、何かとの対比において、そして多くの場合、その何かが破れたり危機に陥ったりしている時に、改めて意味をもって浮上してくる概念なのである。 だから、それが言われた時の状況の中に、その言葉を、その言葉を使う人の意図の元に再現することをしないと、意味していることは分からない。 この本は、そういうことをしている。 対比しているものに対して、生活、という言葉にこめられている思いは、それが「永遠の相貌」を持って現れるということである。 たしかに、働いて食べて寝て、などという繰り返しは、これは人間であるかぎりは、永遠、である。 しかし、それがそう意識されるのは、「永遠ではない」という思いが、対比されているものに対してあるためだ。 そして、生活を永遠である、と意識することに重点を置くのは、対比されているものに対する牽制でもあり、浮き上がる凧に重石を下げるようなことでもあり、畢きょう、先鋭的な思想にはなりえない。 そのためもあり、この本でとりあげられている様々な人たちの一般的な評価は様々であっても、どことなくパンチが足りない、、というか、ぼくにとって、物足りない感じがあった人たちである。 その中で、今和次郎は、ある意味例外的であるが、彼も赤瀬川原平などの鋭い着眼により再評価がなければ、これまた地味な存在になっていた可能性もある。 そういう人たち、知っているけどなんとなくよく知らないみたいなところが、ぼくにとってあった人たちに対する解説書としても、この本を読んだ。 そして、それは、おもしろかった。 何かの対比として、生活の浮上、があるにしても、もちろん、その先がある。 その生活の中に、その何か、あるいは別の何かを、代入するという作業である。 生活に対比されるような何かではなく、生活と何かを表裏一体に結合する地点の探求である。 この本で取り上げられていて、興味深かったのは、生活クラブ生協、の活動である。 ぼくの中で、生活クラブ生協、の印象はすこぶるいい。 数少ない生活クラブ生協の直営店(基本が宅配のため)の近くに居候をしていたことがあり、その店を愛用していた。 とにかく、その店の豆腐がうまかった。あれほどうまい豆腐を、たしかにグレードアップをスーパーの豆腐がしているにしろ、今までに味わったことがない。しかも、それは決して高くはなかった。 そして、店の雰囲気も、ある活気とざっくばらんさがあり、なんとなく行くとうれしくなる感じがした。 生活クラブ生協の活動については、この本の白眉である。 そこだけでも読んでみたらいいかもしれない。 そして、豆腐がうまい。 本当に。 GAOで50円でレンタルしました。
GAOは不思議とそれなりの作品が偶然のようにあったりする。 フランスの68年の5月革命のドキュメンタリー。 映像の撮り方もかっこいいし、編集もテンポがいいので、まるでヌーベルバーグのようなドキュメンタリーだが、その根本的な理由は、占拠された路上や大学や工場などの空間が、一種の劇場空間に変化しているためだと思う。 人々が語りあい、表現する空間として現出していた。 日常の意味から解かれた空間では、だれもが少し俳優のようになり、お互いが見るー見られる空間になる。 カメラはそこを泳いでいる。路上が高揚している。高揚しているが、それが何だか生活と地続きな感じがある。 ひっくり返った車に登って記念撮影をしたり、デモといっても生活空間を歩いている感じがした。 「路上に権力を」というスローガンが説得力が持つことがあることをこの映像を見て理解した。 とにかく、路上で見知らぬ人同士があちこちで議論をしている様子は、圧倒的に印象深い。その様子は、見る人によっては退屈なのかもしれないが、ぼくにとってはとても刺激的だった。「公共空間」のイメージの原型がここにはある。また、学生たちの抵抗組織の中で、女性の数は多いとは言えないものの対等感をもって存在していることが新鮮に思えた。 一方、路上(デモ)から辞任を迫られているドゴール大統領のしたたかさも印象的だ。民主主義の意味を選挙に限定することによって、路上に沸き上がっている声と行動の意味を奪おうとする。 ドゴールの演説は壊れかけたテレビの乱れた映像で終始表されている。その演出が意図するところは明白だろう。 路上に持ち出されたラジオによって、人々は同時にドゴールの演説をきき、ヤジり、憤慨する。 路上に力がある様が見ることができる、それだけでも貴重なドキュメンタリーである。 ちょっと前に読んだ本。
アンダーソンの短めの講演2つと、編著者の長めの解説がついている。 最近、グローバリゼーションについて、もう少し知りたいなぁと思ってその種の本を読んでみている。 グローバリゼーションといえば、経済(大企業)の国境を越えた活動、のこと、、、と思って読み始めたが、この本はそういうことを書いているわけではない。 郵便や印刷技術によって、世界の各地域の人たちがつながっていく、それをアナーキズムのネットワークで見ていく、そんなことが書いてあった。 グローバリゼーションという言葉で表される現実が、否定的なものになっている、、たしか、80年代って、グローバリゼーションって、左翼的な人や知識人にも肯定的に語られていたよなぁ、となんだか落ち着かない気分もする。自分が、反グロと言われる運動に関わったりもしているだけに、何が、いつ、どこで、変わったのか、という気分もある。昔、肯定的に語っていた人たちは、それが戦略的なもので、資本主義を加速させることによって瓦解させる、なんてことも言っていた気がする。その人たちも、今は、状況が変わったから、とちょっと言い訳じみて聞こえもすることを言いながら、グローバリゼーションには反対している(はず)。 この本を読んで、グローバリゼーションに希望を見いだしていた時、その実質が何であったのか、ということを、なんだか思い出させ、そしてそれを深めてくれた気がする。 簡単にいえば、反グローバリゼーションの運動が、現在もっともグローバルな運動である、ということが表している何か。 相手がグローバルなら、対抗する方もグローバルじゃないといけない、、という、ある意味当たり前のことでもある。同時に、グローバルに対抗するには、様々な程度と様態でもってナショナリズムが絡んでいる。 そして、アナーキズムのネットワークが中心になっている運動でもある。 この講演の中では、たぶん触れてなかったが、アンダーソンが語っている19世紀末のアナーキズムのネットワークの話と相似することが、現在起こっている。 アナーキストの合意形成をするための仕組みが、リソグラフで印刷され日本でも流通したり、当然インターネットを介しての様々な情報交換が行われている。 おそらく日本の人は誰も知らないような(それは新聞記事にもなかなかならない)日本の野宿者の排除についての抗議がヨーロッパや南米から起きたりする。 それも、やはりグローバリゼーションなのである。 アンダーソンは、そういうことをきっと語ろうとしている。(たぶん、ネグリもそうなのかもしれない、、。よく読んでないけど。) が、本当に気になるのは、大企業などのグローバリゼーションとそれが可能にする部分もある人のつながりという意味でのグローバリゼーション、それが、どういう関係にあるのか、ということだ。切り分けられるところはあるのか、ないのか。 「自分たちの手で自分たちのペースで自分たちのことを決める」という観点から見ていくのが大切だろうが、しかし、大津波のように基盤自体を変化させていく中で、どこに立てばいいのかも分からないところがある。 編著者の解説は、かなり分かりやすい。 この文体は、知恵の樹(バレーラ・マトゥラーナ)をなんか想起させた。だから、何ってわけでもないが。 あ、アンダーソンの「想像の共同体」と吉本隆明の「共同幻想論」との相違というのは、関心あるが、思ったより似てないな、というのが第一印象である。 アンダーソンは、英語以外の言語を修得することが大切だと講演の最後に言っている。何度やってもダメということもあるが、英語自体の「帝国主義」ぶりが萎えるところもあるので、なるほど!と思った。韓国語や中国語を勉強すればいいんじゃん、と思い立った。 柄谷行人という人は、空疎に耐えているという感じがする。表現に向かう人はだいたいそんなもんなのだろうが、柄谷氏には索漠さを強く感じる。
ずっと以前に読んだ柄谷氏の本に「隠喩としての建築」というのがあった。不完全性定理や、ドゥルーズのリゾームとかの明晰で難しい話がメインだったと思うけど、その中に、エッセイもあって、それも、催眠術のサークルに行った話だった。なんで、この本にこのエッセイが入っているのかが分からず、でもそれが一番面白かったから印象に残っている。(注) 「政治を語る」は、3時間くらいで読んだ。インタビュー集だし、厚くもないので、割とスラスラと読める。ぼくにとって発見的な考えさせられる言葉もいろいろとある。 しかし、読んでいる途中から気になって、読んだ後に印象にあるのは、そのことではない。 本の中に3枚の柄谷氏の写真がある。 1978年。表情には不敵さと優越感と若さがある。横顔である。 1982年。端正な印象がある。正面を向いているが、目はどこを見ているか分からない。 2008年。年をとった。正面を向いて、目もカメラを見ているが、どこかぼんやりした感じがする。左右の目の印象がちがう。幾分厳しいもしくは疲れた感じである。 柄谷氏は、氏を評価したポールドマンというアメリカの文学批評家が死亡したので、「想定していた唯一の読者がいなくなったので、この仕事(体系的な理論)をついに放棄しました。」と語っている。 また、中上健次に対して「彼は癌でなくなった。それから、文学と僕の絆はなくなった気がしますね。」と言っている。 また、何度か自分の性格として「受け身」「引っ込み思案」と語っている。それも、対外的には行動的だと見られた湾岸戦争時の文学者声明やNAMの時のことを指して言っている。 柄谷氏が、この本でも、様々な形で「反復」を言う。1990年代は1930年代の反復だ、とか明治と昭和は対応している、とか。そういう話を以前読んだ時に、なんだかピンとこない感じがした。まぁ、そうもいえるのかなとは思ったけど。この本では、90年代は新自由主義になったので見込みがちがったと言っているが、60年周期ではなくて120年周期だったと訂正して、反復しているという話は撤回していない。 しかし、まぁ話としては面白いけど、、。というもので、あんまり本気で言うのもどうかと思う。ある部分を切り取れば反復しているように見えても、無数の変数が関わっているので、決して同じにはならない。歴史というのは、一回性のもので、無限の必然の束(それは偶然ということだが)のはず。そして、偶然という認識がなくなることは、病理であると共に、未来の予測ができることになる。そのため、反復しているというのを強調すると、それはオカルトの世界に近づく。 オウム真理教が、柄谷氏の年表に基づいて1999年と昭和16年(真珠湾攻撃)を照応させて、サリン事件を起こしたと、上祐氏が認めたという話を柄谷氏はしている。 特定の個人への愛着と受け身であることとオカルトへの傾斜というのは相互に関係している。 おそらくは、そこが柄谷氏の素質に近い場所なのだが、しかし、そこから出ること、が氏の哲学的批評的試みの機動力になっているのではないか。しかし、行動的であることが受け身であること、「天の声」に従う時に行動的であること、そのような場合、その外へ出ることは困難だろう。氏の明晰さを持った格闘(形式化の問題)は、そのような素質の構造に対してのものでもあるだろう。 このインタビューの最後で、繰り返しデモに期待を寄せているが、2011年9月11日の素人の乱を中心とした反原発デモで柄谷氏はスピーチをしたそうだ。また、デモ時の逮捕者に対する不当を訴える記者会見もやったということだ。それを聞いた時、意外な感じがしたものだが、これは柄谷氏にとって何度目かの「外に出る」行為なのかもしれない。 (注)ネットで調べてみたら「ある催眠術師」というタイトルだった。講談社学術文庫にする際には、省かれているので、単行本にしか含まれていない。
違う図書館から取り寄せて、しかもぎりぎりまで読まずに放置していたため、早く返せ、と電話がかかってきて、そして、慌てて読んだ。そのために、今手元に本がなくて、かなり曖昧な記述になってしまうだろう。すいません。
なかなか読まなかったのは、大儀そうだなぁ、という本の印象と、だいたい知っていることじゃないかな、という思いこみのためだったが、読んでみると、これは読みやすい上に、よくまとまった一冊だった。ここでの介助者というのは、ほぼ、自立生活(というのは特殊な用語だろうか。要は、施設でも親元でもなく地域で暮らすということ)している障害者(それも主に身体障害者)を支える仕事をしている人たちが対象になっている。いうまでもなく、介助の仕事全体からみたら、一部である。また、このような障害を持った人の運動を中心にして、その他の介助を必要としている人の運動を周縁に位置づけていいものかどうかはよく分からない。しかし、この身体障害者の運動、そして介助のことを考えることの意義の深さは間違いなくある。 そのための材料の多くは、この本に書かれてある。 この本の介助が、身体障害者の自立生活の介助になっているのは、端的に著者がそれに長く関わっているからである。だから、これは学者の書いた本ではない。実感や体験に裏打ちされ納得したこと悩んでいることに即して書こうとしている。(そうでない部分は、きちんと断りを入れている。)障害者運動や介助の歴史や、現在の制度についてよくまとまっているという以上のこの本の意義はそこにある。つまり、歴史や制度を踏まえることと介助を続けてきたことの実感を両輪にして、そこから介助についての展望と議論の継続を投げかける、というところが特徴になっている。 介助者というのは、不思議な存在だ。いや、存在は不思議ではないだろうが、その存在感は掴みづらく見えるのではないだろうか。ぼくも、介助の仕事をはじめた頃、介助者たちのただづまいに奇異の念を感じたものだった。障害者に影のように付き添い自身の存在は消すことに専念しているという感じ、、。亡霊といったら言い過ぎか。支援費制度がはじまる前だったから、2002年くらいだろうか。それから、介助者たちのたたづまいも変化したけど、大枠での印象は変わらない。そして、仕事を続けていく中で、そのような在り様であることの必然性というのも理解はしていった。待つこと、先走らないこと、見守ること、などは高度な態度であり技術でもある。それは、相手の力をどうやったら奪わないか、ということの帰結の一つであり、それは、これまでそして現在の社会に散々力を奪われてきた人たちを支えるあり方としては、自然な態度の一つである。そして、それは、相手(障害者など)の言ったことだけをやればいい、という機械的な態度とも、ちょっと違うのだと思う。その違いというのが大切なのだろう、、と思う。それは、介助をするにあたって、障害者運動やそこで考えられてきたことを踏まえる(社会と障害者の関係を踏まえる)ことと、単に仕事としてやる、ことの違いでもあるかもしれない。 しかし、自立生活センター(ILセンター)で介助の仕事を8年くらい細く長くぼくはやったのだけど、それはやはりどこまでいっても「仕事だよなぁ」だった。つまりは、仕事(賃労働)にまつわる不全感や気楽さがついてまわった。仕事である、ということが障害者の自立生活を支え、障害者運動を支えるシステムの一部であるということを意識はするものの、現実、目の前にあるのは、「仕事だよなぁ」、である。 ぼくの働いていた事務所は、ILセンターでもアメリカ型の方に属していたためかもしれない。(その割には、労働法が守られていなかったので問題になったのであるが。) 待つ、見守る、先走りしない、などは、その歴史や意義などを省捨してしまうと、サービス業のあり方と親近性が高い。運動の中で言われた「介助者は障害者の手足になりきる」(手足論)ということも、その言葉の成り立つ複雑な(支援者と障害者の相克など)な経緯を無視したら、普通のサービス業のあり方と変わらない。そして、実際には、そうなっているし、多くの事業所や制度もそれを後押ししている。そこでは、歴史や経緯や個々の障害者の思いなどは、意識しないでもいい形で介助が成立している。だから、ますます、介助をやる方は「仕事だよなぁ」と思うことになる。ある意味、介助がふつうのサービス賃労働になったということは、障害者運動の大きな結実である。もちろん、サービス業的な介助のやり方についての疑念を唱え、ちがうあり方を模索している一群の障害者たちがいて、それらの主張に多くの記述をさいているのも本書の特徴ではある。しかし、おおむね、介助のサービス業化は、運動の帰結としても行政の方針としても進んでいる。そうなると、当然、介助に、賃労働一般の問題がより顕在化してくることになる。 この本では、労働者と障害者、の関係についても書かれている。一つは、労働者の権利ばかり介助者が要求すると、障害者の生活が制限されることになるという懸念である。たしかに、現状の労働基準法と重度訪問介護という多くの自立生活を送る障害者の利用する制度とは、折り合いの悪いところがある。制度だけではなく、そもそも行政から降りてくるお金が足りないために、労働者としての権利を保証できないということがある。それに対しては、著者たちのやっている「かりん燈」という介助者の組織は、事業所ではなく厚労省などの行政に対して要求をする方法をとっている。 もう一つは、労働者が「労働強化」になることを理由にして、障害者(運動)の要求に対して理解ある態度を示してこなかったことがあり、また労働運動(春闘とか)に障害者運動がいいように利用されたという、経緯がある。 しかし、この本では、あまり大きく触れられていなかったようだが(曖昧、、違っていたらすいません)、より重要だとぼくが思うのは、初期の障害者運動(一部の青い芝の会など)では、賃労働をすることの否定、あるいは、労働概念の著しい拡張、が言われていたことだ。つまり、(これもちょっとウロ覚え、、)、資本主義の社会にあって障害者は生産性のないものとして差別され排除され、仮に賃労働をしても劣位におかれた労働者にすぎない。そこで、賃労働をするための無理な努力をする(させられる)のでは、救われない。この賃労働をすることを優位に置く考え方を根本から改め、もしくは労働を障害者がパンツをはきかえることを重労働と認めるくらいにラジカルに捉え直し、社会を変革するべきだ。というだいたいの要約すると、こんな感じの主張があった。 ぼくとしては、これは大変魅力がある考えで、この地平で考えていくときに、障害者と労働者の相克するような関係から脱するのではないかとも思ったりする。賃労働の否定、労働概念の拡張、などは障害者だけに適用するのではなく、介助をする側にも適用しようと考えた時、そこからどういう社会やあり方が見えてくるのかということを多様に考えたいというところがある。 本書の中に、友達のふりを仕事としてする、という介助者の言葉があった。まさに、サービス業として介助は「感情労働」の性格がこれから強まってくるのだろうと思う。そうなってくると、本書で管理型と呼ばれている事業所だけでなく、共感型と呼ばれている事業所も下手すると、共感の内実は「感情労働」のスキルが多く求められる仕事、ということにもなりそうだ。仕事というバーチャルな人格に囲まれる生活は、移動する施設(という言葉もこの本のどこかあった)、とも言えるが、逆にバーチャルではない関係や環境とはどこにあるのだろうと思ったりもする。バーチャルなものしかないにも関わらず、そうでないものをリアルなものとして希求するという勘違いが人間の情熱の源泉だとすると、どんなに高度に管理されてもそれを喰い破ろうとする動きは起こるだろう。そこに賭けるしかないようだ。勘違いが根底にあるだけに、それは失敗の色が付かずにはおれない。やはり、青い芝の会の「解決の途を選ばない」という綱領は大切だ。うまくいくことでも同じ失敗をすることでもなく、失敗の歴史をより高めていくことを目指すのがいいのではないだろうか。 なんだかおかしな結論に到達したところで、とりあえず、本書を読んでの感想を閉じたいと思う。 待望の草加さんの本だ。待望といっても、草加さんが本をつくるなんて思っていなかった。しかし、待望というのは、こういう人が世にいるということが少しでも知られてほしいと思うからだ。
草加さんは、知的な遅れのある人たちのための学校に勤めている。一度、草加さんに誘われて学校の文化祭を訪れたことがある。この本に収められていることのいくつかは、そこでの草加さんの展示で見たと思う。(だいぶ昔のことでよく覚えていないが、、、) この本に収められているのは、草加さんの学校の人たちのこだわりのある行動や不思議な行動である。それを真似してみることを草加さんは「こころのレッスン」と呼んでいる。 草加さんとの奇妙な出会いのことを書いておきたい。たぶん、草加さんのことが多少なりとも伝わると思う。 10年前くらいに、ぼくはテントを張った場所で芝居(というかパフォーマンスか)をしながら自転車で旅をしていた。出発したときは10人くらいいたけど、1ヶ月を過ぎる頃には2人だけになっていた。その頃は、鵠沼海岸というところで、テントを張っていた。話はそれるが、ぼくらがテントで泊まっていた浜の近くには、偶然ニエアルという中国人のリリーフ像が立っていた。ニエアルというのは、中国国歌を作曲した音楽家だが、この鵠沼で泳いでいた時に若くして溺死したのだった。そのために、日本ではまるで無名の音楽家のリリーフが立っているのだが、それは落書きされるのを防止するために分厚いビニールに包まれていた。近年に打ち捨てられていた像を新しくしたらしいが、その経緯にも、落書きにも政治的な背景がありそうだった。それで、ぼくたちは、ニエアルの音楽祭をリリーフの前で準備していた。そんな時、近くの駅前の小さなギャラリーで絵画展のオープニングパーティをやっていた。ぼくらは、腹が空いているから何か食べ物がありそうだ、という理由によってパーティにちん入した。サンドイッチとかをパクついているうちに、テントで泊まっているということが知れて、そのまま遊びにくることになったのが、草加さんだった。(もう一人は、料理マンガで有名なビック錠さんだった、、、)そして、4人で魚を浜で焼いたりして食べたのだった。酔っぱらってもいた草加さんにテントに泊まりたいとお願いされた。そして、言葉どおり実際に泊まった。たしか、ぼくらが寝ている朝早くに、そこから出勤して行ったのだった。 それも、草加さん流の「こころのレッスン」の一種だったのだろうか、、、中年の半ばをすぎたおじさん(失礼、、あの頃はぼくもまだ30歳くらいだったので、そう見えました)である草加さんの物事に対する柔軟な受けとめ方というものに、じんわりと効いてくるボティブローのように打たれたような気がした。ちょっと何かが分からないが、すごく手応えも同時ある、、そういう印象がありました。それから、草加さんの個展に行ったりもした。ウロ覚えですが、寝釈迦の写真があったような、、、。机と机を平らの面で重ねて、その隙間がどう、、、とかいうのもあったような、、、。すいません、ウロ覚えですが、なんだか微妙な、しかし本人にとっては広大かもしれない世界の追求、そんな感じだったような気がします。そこでも、ぼくは分からないけど手応えがあるという印象を持ったわけです。 そういう草加さんだからこそ、知的に遅れていると言われている人たちの行為を崩さない形で、拾い上げることが出来るのです。草加さんは彼らの先生でもあり彼らの弟子なのかもしれませんが、同じ方向を向いています。ぼくなどは、知的に遅れていると言われている人の作品をみると、かなわないなぁ、と思い、どこか尻尾をまくところがある。その集中力、「ぴったり」な感じ、かなわないところがあるわけです。 巻頭に、置かれているエピソード。保育園の昼寝の時間に、眠れない子の横で保母さんが横に黙って一緒にいる、そして二人とも知的な遅れがある。なぜ、このエピソードが巻頭にあるのか、、草加さんの学校の話でもなさそうだし、、、しかし、それは同じ方向を向いている草加さんの姿勢(前提)を暗示させたいからに違いない。 その姿勢で、見えることと見えないこと、見えないけど確かにあること、ぴったりなこと、そういうことを書いています。どこをとっても平易な文章ですが、これは同時に難しい本でもあります。簡単ではないです。だからこそレッスンも必要なのでしょう。 最後に引用。 「大切なものは、すでに決まっていて、みんなが、それを大切にしているのだと思っていました。でも大切なものは、何も決まっていないのです。あなたが、それにかかわり、つき合っていくことのなかに、大切なものは育つのです。大切なことは、最初は見えないのです。そこに関わり続けた時間の中に静かに育っていくものなのです。」 ぼくも出版社の立ち上げにたずさわったことがある。(今もそう)。その時に、とても役に立った。これは、小さな出版社にとっての実用書なのだ。取次のとの守秘義務もあり、また企業秘密もあるだろう。もっと、知りたいところもある。(たとえば、直接読者に売る本が多いから採算が取れているそうだが、どうやって直販をしているのだろうか、、、。)そうだとしても、これは優れた手引き書である。そして、出版に多少でも興味がある者にとっては実に読みやすい。
なんで読みやすいのかというと、文体がサバサバしているからだ。とてもサバサバしている。このサバサバ系の女の人というのは、例えば西原理恵子、などのラインといえば何となく分かるかと思うのですが、、、。 この人たちが実際はどうかはよく分からないにしても、文体においてはサバサバしている。サバサバしているということは、空間があるということです。空間があるから、そこで物とか気持ちをサバくことができる。そして、サバイバル、できる。(これは駄洒落)。空間のない文体というのは、圧迫感があるので、時に切実で迫力はある。しかし、そこで気持ちを延ばしたり見方を変化させたりできないから、疲れる。押しつけられている感じがどうしてもする。隙間があり空間があるのは、そこでノビノビさせてもらえる。自由である。しかし、空間をつくる、ということの裏には忍耐がある。意識的な行為であって、自然でもない。ノビノビしたい人たちは寄ってきて、甘えているが、空間を作っている方は、実は厳しい気持ちを自分に持っている。孤独かもしれない。だから、酔うことが好きである。たいてい酒が好きだし、ギャンブルも好き(かもしれない。)。しかし、もちろんそういう自分を引いてみて、そこにもサバサバした空間を作ることに余念がない。 男にも女にも、でも特に男に好かれるだろうが、ここにおいてはジェンダーの問題も絡まってくる。圧迫し人をはねのけるのではないから、多くの社会的価値を許容することにもなる。サバサバが、期待される女性役割とだぶっていく可能性が高い。男のノビノビって、だいたいそういうことだったりする。男性は、男性週刊誌を好む、と言ってくれる女性に、どれほどの安堵感を覚えることか。いちいち煽情的なグラビア写真が載っている週刊誌を読んでいることに、どこかで後ろめたいところがあるのだ。あるいは、性風俗に通っていることとか。ここが難所である。ここをどういう風に超えるのか、あるいは無視するのか、、。男の自分としては、複雑な気持ちを持ちながらも気になるところである。(本の内容は、はじめに書いたように、出版に関わることなんですが、、、) # by isourou2 | 2011-06-27 15:54
高校生のころ、よく映画館に通っていた。近所に名画座があり、3本立てで800円くらいだった。学校をさぼって、映画を見ている時もあった。映画を見るということは、その間、暗闇にいるということでもあった。観客は、隠れている。スクリーンには光があり、客席には、闇がある。そして、観客は、暗闇から光を覗いている。それが、映画を見るということにおいて重要なことだった。高校生のころ、ぼくは隠れたかったのだ。
ヴァルダさんは、引っ込み思案で地味な、でも何が美しいものかを知っている賢く好奇心と才気に溢れた女の子だったのだろう。 現在の81才ヴァルダから振り返る10代後半から20代前半の自分に対する視線は、慈しみもありじれったくもあるようだ。 そんな女の子にとって、写真それから映画は、自分を表現しつつも闇の中にいることも出来る媒体だった。フィルムは暗室の中から生まれる。そして、そこから外の世界を眺めて楽しむこともできた。はじめての映画が、海外で上映された時、主演女優に注目が集まってもその隣にいる自分に誰も気がつかないのは、面白かったと語っている。映画は、撮影現場の現実を暗室や夢想の暗闇を通して、スクリーンに投影し、それが映画館の中の現実になり今度は観客が暗闇と夢想の中でそれを経験し、映画館をでた観客の現実をも、密かに浸食し変形する。そのようにして、少しづつ映画を通して現実を変化させると同時に、現実を柔軟に彼女も受け入れていく。映画を媒介にして、現実とヴァルダの相互受け入れともいえる事態がじょじょに進行していく。 それでも、彼女の立つ場所は、海の中ではなくて、浜辺である。船から落ちる人ではなく、それを見る人である。浜辺では、様々な人が行き交う。一方、海の中では混ざりあう。冒頭で、浜辺にたくさんの鏡がある。お互いがお互いをみる、自分が距離をもって自分の姿をみる。その距離は、堅固な意志の力を感じさせる。でも、ヴァルダはいつも少し物憂げでもある。鏡で映像が乱反射しても、過去をあらゆるやり方で再現しても、それを見ている自分がいる限り交わることはない。その距離の中で、ヴァルダは才気を燃料に遊んでいる。その意味では、女の子だったヴァルダも81才のヴァルダも変わらない。その距離があるから、映画の秘密があり作品がうまれる。「落ち穂拾い」もそうだったが、ヴァルダの映画はリズムがいい。彼女の呼吸のリズムだ。自伝映画だから、素材に縛られず、もっと自分の呼吸で作られている。それが、心地いい。 パッチワークのように自分の人生をまとめている。まとめることは、誰でも出来ることではない。思想家ではなく表現者がまとめるのならば、このようになるのかもしれない。 最後に。マグリットの絵を実写で映像にしたシーンで、股間がマグリットになっていたのは、映倫がある日本ならでは出来事だろう。ヴァルダなら、愉快に笑うと思う。
市民運動からみた「公園」の現在抱えている危機的状況については、よく網羅されている本だと思う。現在といっても1994年に出版された今から20年前近いの本だけど、ここで語られている公園の状態は、現在ぼくが関わっている都内公園(宮下公園)の1企業による改造にそのまま通じている。
宮下公園は、ホームレス排除反対の面があるので、運動としては違いはあるけど、この本でも、ホームレス問題については、ある程度の記述もスタンスもある。 具体的な大阪の公園での事例や運動の紹介も参考になるが、この本の白眉は、第二章の「私たちの公園観」だろう。運動をしている人が、歴史を踏まえた自分たちのパースペクティブを持つのは困難なことなのだ。たぶん、この地味な本の中のもっとも地味な部分なのだが、これは、市民(利用者)の手によって公園が作られるべき、という結論に至る視点で的確にまとめられた画期的な公園通史である。 これまでの公園通史は、行政の視点からまとめられたものがほとんどであるだけに評価すべきところだと思う。また、公園通史というと東京の公園に偏重するのが常のところ、大阪の公園通史というところが貴重である。 ただ、行政の視点といっても、時代によってまた人によって多様であるというのも、公園の歴史から分かることでもある。 明治の社会主義者たちが、都市の公共性という観点から積極的に公園を論じ、それが公園の法制化や実務を担った「都市専門官僚」たちに影響を与えたというのは、はじめて知る知見であった。インテリである官僚の中に、社会主義や共産主義の影響があるという大正時代の状況は、現在からはちょっと想像がつかない。 「公園は民衆の公園であって公園などへ行かなくとも自家に庭園を所有し娯楽機関を備えつけてあるやうな少数者の趣味に投ずるが如き所謂高尚な数奇を凝らした箱庭式の公園よりも満足な住居を持たず公園を自己の庭園として唯一の慰安休養の地と考えて居るやうな人々の趣味要求を標準として彼等の最も利用し易かるべき無産者階級の公園、民衆的公園たらしむることが最も必要であろう、、。」 というのが、大阪市社会部調査課の発行した本の文章である。もっともな内容だが、果たしてこれが今日の行政から考えられるだろうか。(ただ、革新都政であった時期の建設局がだした「東京の公園百年」では、序文に美濃部亮吉知事が「東京の公園100年の歴史には、つねに市民の側にたって、ともすれば国家の意志と都合に左右されがちな公園を真に民衆の生活の場として定着され、はぐくもうとする貴重なたたかいが秘められています。」と書いていたりする例もある。) 大正時代に表明された公園の高い理念を現在超えているのか、という作者の反問は当然でてくる思いであることがこの章を読むと分かる。 この本の中に出てくる現在の大阪の公園を潰していく役人たちや日常ぼくたちが接する役人や政治家の理念のなさ考えのなさに比べると、昔の役人には偉い人が多かったのではないか、、、という感じがどうしてもするところがある。 この本の他の章で記載されている大阪の公園の商業主義を優先させる惨状は、出版時以後も、イベント主義と公園からの野宿者排除という形で進行している。東京では、大阪ほどの不見識はなかったと思うが、いよいよ宮下公園を端緒に同じようなことが起こりはじめようとしているようだ。 そのような意味でも、この本は古びない内容を持つものだと思う。 # by isourou2 | 2011-06-06 18:56
決定的に重要な作品というのがある。あるような気がする。ぼくにとって、ということだけではない。しかし、人によって、重要な作品というのはちがうだろう、、、たしかに。でも、そういうことでもなく、やはり重要な作品がある気がする。たとえ、あなたがそう思わなくても、すべての人にとって、本当はこれは重要なんだよ、と言いたくなる作品だ。もし、そういう作品だけが作品だとしたら、タワーレコードは4畳半でいいだろう。ずいぶんすっきりして気分がいい。しかし、渋谷のタワーレコードはまさに、7階建てのタワーである。じゃ、その他の作品はゴミなのか。そうではない、、、はずだ。それは、重要の作品に至る為の道程というか捨て石なのか。そうでもない。吉本隆明に、25時という概念(というほどのものではないかもしれないが、、)がある。たしか、日常の細々したことと生活のためのことで24時間は終わってしまう、だから、本当の作品は25時間目に作るしかない、ということだった。それは、芸術は24時間という日常の時間を超えたところもあるという含意でもあったかもしれない。うまくいえないが、重要な作品は25時間目であるのかもしれない。それは、奇跡のかけらを含んでいる。奇跡に浸されている。あり得ない。それゆえに、いつまでも24時間の世界を刺激する。いくらコンビニだって、24時間しかやっていない。ふつうの作品は、金儲けと秩序の中から生み出されるのだから、そうそう奇跡などはない。25時の世界にどうやったらいけるのか、それは誰に分からない。分かっていれば、重要な作品をつくった人は常に作れるはずだ。でも、実際はそうではない。もしかすると、こういう考え方はつまらない考えかもしれない。でも、どうしてもそういう風に思えてしまう作品がある。
この「Corky's Dept To His Father」はそんな作品である。 また、「God Bless The Red Krayola And All Who Sail With It」という彼が所属するバンドTHE RED KRAYOLAの2ndも同様である。
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