アニエスの浜辺(アニエスヴァルダ 2008)

高校生のころ、よく映画館に通っていた。近所に名画座があり、3本立てで800円くらいだった。学校をさぼって、映画を見ている時もあった。映画を見るということは、その間、暗闇にいるということでもあった。観客は、隠れている。スクリーンには光があり、客席には、闇がある。そして、観客は、暗闇から光を覗いている。それが、映画を見るということにおいて重要なことだった。高校生のころ、ぼくは隠れたかったのだ。
ヴァルダさんは、引っ込み思案で地味な、でも何が美しいものかを知っている賢く好奇心と才気に溢れた女の子だったのだろう。
現在の81才ヴァルダから振り返る10代後半から20代前半の自分に対する視線は、慈しみもありじれったくもあるようだ。
そんな女の子にとって、写真それから映画は、自分を表現しつつも闇の中にいることも出来る媒体だった。フィルムは暗室の中から生まれる。そして、そこから外の世界を眺めて楽しむこともできた。はじめての映画が、海外で上映された時、主演女優に注目が集まってもその隣にいる自分に誰も気がつかないのは、面白かったと語っている。映画は、撮影現場の現実を暗室や夢想の暗闇を通して、スクリーンに投影し、それが映画館の中の現実になり今度は観客が暗闇と夢想の中でそれを経験し、映画館をでた観客の現実をも、密かに浸食し変形する。そのようにして、少しづつ映画を通して現実を変化させると同時に、現実を柔軟に彼女も受け入れていく。映画を媒介にして、現実とヴァルダの相互受け入れともいえる事態がじょじょに進行していく。
それでも、彼女の立つ場所は、海の中ではなくて、浜辺である。船から落ちる人ではなく、それを見る人である。浜辺では、様々な人が行き交う。一方、海の中では混ざりあう。冒頭で、浜辺にたくさんの鏡がある。お互いがお互いをみる、自分が距離をもって自分の姿をみる。その距離は、堅固な意志の力を感じさせる。でも、ヴァルダはいつも少し物憂げでもある。鏡で映像が乱反射しても、過去をあらゆるやり方で再現しても、それを見ている自分がいる限り交わることはない。その距離の中で、ヴァルダは才気を燃料に遊んでいる。その意味では、女の子だったヴァルダも81才のヴァルダも変わらない。その距離があるから、映画の秘密があり作品がうまれる。「落ち穂拾い」もそうだったが、ヴァルダの映画はリズムがいい。彼女の呼吸のリズムだ。自伝映画だから、素材に縛られず、もっと自分の呼吸で作られている。それが、心地いい。
パッチワークのように自分の人生をまとめている。まとめることは、誰でも出来ることではない。思想家ではなく表現者がまとめるのならば、このようになるのかもしれない。
最後に。マグリットの絵を実写で映像にしたシーンで、股間がマグリットになっていたのは、映倫がある日本ならでは出来事だろう。ヴァルダなら、愉快に笑うと思う。
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by isourou2 | 2011-06-12 23:57 | テキスト


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