戦時期日本の精神史1931ー1945(鶴見俊輔 岩波書店1982)

鶴見俊輔のイメージというのは、思想界の淀川長治、というか、、、。
いつもニコニコして、良かったですねぇ、と言うというイメージであった。
しかし、「日本人の振り幅」という対談で橋本文三氏が言っている。
「ぼくの印象に残ってた鶴見さんというのは、日本に生きているよりもロシアに生きて、ドストエフスキーの作品の人物になったほうがいいというイメージをもっていた時期があったんです。~、非常に暗かったですね。その暗さがふつうの暗さと違うんだ。あれはドストエフスキーしか書けないような暗さだとぼくは勝手に考えた。」
同じ対談で鶴見氏は、自分のことをこう言っている。
「やさしさじゃないんです。鈍になったんだ。それだけが振り幅なんだ。自分の予測できなかった大きな揺れ。びっくりしたな。これがわたしにとって少なくとも主観的には人生最大の転向なんですよ。~、つまりペシミズムからの転向ですよ。」
この著作の元になったのは、カナダの大学での英語での1979年から80年にかけての講義だから、先の対談(1977年)以降だ。それにも関わらず、ここには、かなりの複雑さを持った鶴見俊輔の姿がある。未明の深みに沈殿する思考というのが続いている。
そして思えばこの本の翌年には、浅田彰の「構造と力」が出てニューアカブームが起こるのだから、この本で鶴見氏が追求している「転向」ということ柱にした様々は、何とも「暗い」主題に思える。スキゾキッズとか言っていたのでは、「転向」という主題は出てこない。ような気もするが、そうでもない。ここで展開されている思考は、おそらく浅田彰が理念として現そうとしたことが、無理のない形で実現されているようでもある。
この無数のエピソードがちりばめられた本は、そもそもエッセイなのか思想書なのか歴史書なのかもよく分からない。
原理や理念に還元できないということを前提として、それでも枠組みを作りながら生きていく人間をその振り幅の中で浮かび上がらせるような、常に決定できなさを含んだ思考が行われている。
この本の底に流れるのは、吉本隆明の「転向」論との相克だと思う。(たぶん、浅田彰の仮想敵も吉本だったのではないだろうか。)
先の対談では鶴見氏は
「吉本の視点は画期的なものなんだが、~、そんなに非転向というものを簡単化してはいけない。非転向が1つの思想として生きられたものとすれば、必ずそれは揺れ幅をもっていたし、自らの揺れ幅に対する計算をふくんでいたと思うんです。こういう状況に入ったら自分はこういう風に揺れるんだろうなということが、あらかじめ自分のなかで大きな勘としてとらえられている。そういう思想の設計をするのでなければ、思想として重大ではないとわたしは思うんです。」
吉本氏の転向論は読んでないけど、この本での説明では以下のようだ。
「転向とは、近代日本の社会構造に自分自身を投入して考えることに失敗した結果、知識人のあいだに起こった観点の移動である。このように定義することによって、吉本は1930年代の状況と有効に取り組むことのできなかったすべての例を転向という中に入れました。転向はそのとき、すべての非効果的な思考に対するもう一つの名前となり、獄中共産党によってなされた非転向を含むことになります。」
これは、たしかになかなか鋭い着想っぽいです。ここには、「大衆と知識人」「理論と現実」などの問題系が含まれそうです。一方、鶴見氏の転向の定義は、がっかりするほど常識的です。
「国家の強制力行使の結果として、個人あるいは個人の集団に起こる思想の変化」。
吉本氏の定義が国家の強制力による変化と見えることを、知識人の自らが抱える問題の顕在化という捉え返しをしているのに対して、鶴見氏の見解には面白味がないような気がします。しかし、鶴見氏が見ようとするのは、(ここが独特なところですが)「私は転向の結果として現れたさまざまな思想の中から実りあるものを明らかにしたいという希望を持っています。」ということです。
転向(非転向)を単に錯誤の面から見ようとするのではなく、現実の中にある思想とはあらかじめズレと振り幅を持っていて、そこに希望をみる考えとの違いともいえそうです。そう言った意味において、どこか人生につきまとうペーソスが感じられる本でもあります。
そして、ここにおいて、思想界の淀川長治、という印象はおそらくそれほど間違ったものでもないと思い当たります。(たぶん、淀川さんも暗くて複雑な人だったのでしょう。よく知らないけど、、、。さよなら、さよなら、さよなら。)
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by isourou2 | 2012-02-10 22:33 | テキスト


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