奇祭巡礼(北篠秀司 淡交社 1969)

なんとも好ましい本だ。まだ全部読んでない。半分も読んでない。読んでないというより、読むのがもったない程、おもしろいのである。こんなに達意の文章というのも珍しいが、常に巧まざるユーモアがそこはかとなく流れ、おかしくて仕方ない。祭りは、厳粛なものである、しかし同時に祝い事であり、場合によっては間抜けである。それは、端緒はともかく、すでにその意味を見失っても続いていてしかも真面目に続いているためでもある。著者の祭りにかける意気込みも、闇雲である。この時すでに70歳近いが「何がなんでも」という勢いである。まぁ言い方はどうかとも思うが「その五条の町に今夜鬼走りという行事が行われるという小活字を新聞で見たとたん、わたしの慕情は痴女のように燃え上がり、どんな義理を欠いてでも出かけずにはいられなくなってしまった。」とある。実際、所用の祝賀パーティで祝辞を述べたら、「そのままホテルの裏階段を脱兎のごとく駈け降りて、裏口に待たせてあった自動車に飛び乗った」という如くである。よく見ると、この著者は、この当時の演劇協会会長である。たぶん、偉いんだろうなぁ。それは、ともかく、この例でも分かるように、けっこういき当たりばったりである。それが面白い。道に迷ったあげくの寒村で出会った「おんまらさま」とか。だいたい、民間の祭りというのは「まら」とか、性にまつわる事象が多い。もちろん、作物の豊穣を願うという真摯な意味もあるわけだが。しかし、この著者の趣向もどちらかというとそっちに向かい勝ちではあるようだ。話は逸れるようだが、以前ある高名な写真家ですでに老齢に達している人の展覧会に連れていってもらったことがある。そしたら、突然SMショーが始まって困惑したことがある。なにもアラーキーとかだったら驚かない。真面目に写真を撮ってきた人だ。たしかに、その展示では、竹刀に裸の男とか、それまでとは随分と変調をきたしてはいた。しかし、いきなりゲイのSMショーである。そして、その高名な写真家は忍者の服装である。謎すぎる。それほど大きくはない画廊の中央では、男が縛られている。やがて、4方に立つ男たちが腰の高さで布を張り、その中では忍者姿の写真家がなにやらしているようだ。ロウソクと肛門で何かが行われているらしい。写真家がしわがれた声で「どうぞ見てください」とまわりに声を掛けたが、誰もどう反応していいのか分からない。固まっている。ぼくも、見には行かなかった。今でも、見に行かなくてよかったとは思う。このショーがどのように終わったのかまるで覚えていない。あまりの出来事に経緯がハレーションを起こしている。しかし、後日聞くところによると、このショーによって、写真家の弟子の大半が辞めてしまったそうである。それはともかく、牽強付会であるが、祭りとは、このようにちがう文脈に投げ込まれると、なんだかよく分からないものだったりするのだろう。そして、この著者なら、あの時布の中を、「どれどれ」と言った腰の軽い調子で真面目に覗いたのではないか。そのくらいの大人物ではある。後書きに著者は言う。
「日本を永遠に美しい国として守ってゆくためには、そして若い国民の国風の尊さをおしえるためには、どうしても祭り行事をさかんにしなくてはならない。」
おい、本気か?。たぶん、本気ではある。著者の政治意識などこの場合どうでもいいが、基本的には保守的なのだろうが、それを表すにもこんな感じだ。
「素朴な村の青年がリンガ(男根)を振りまわしてあるくにふさわしい日和だ。同じ空の下でゲバ棒を振りまわして吠えている青年が居ることが信じられないようである。」時は69年である。しかし、こうなってくると何が言いたいのかわからない。祭りに対しても、端々で「いったいなんだよ、あの神事は」とぼやいたり、友人が「このバカみたいな行事」と言ったり、若干口を押さえたくなるような発言もある。この不真面目なトーンも、著者の祭りへの熱情ゆえにむしろ好感がもてる。この情熱と現実、真面目と不真面目の往還が、さすが演劇人、虚実皮一枚のおもしろさである。祭りに出ている一軒だけのたこ焼き屋とか、村人の「いつまでやっとるだ」とか「まさに死の行進ですな」とかいう物事や言葉の拾い方に、目が行き届いている。そういうところから、祭りの感じが立体的に彷彿と浮かび上がってくる。何も、神事をやっている側だけが祭りではない。そういえば、近年、みうらじゅんとかが「トンマつり」と言って、似たような祭りを取り上げていたと思う。これはその原典ともいえる本なのだろうが、そしてみうら氏の本は全くの未読だが、また絶妙なネーミングだと思うが、これを「トンマつり」と呼んだ時点で失われるものがあるだろう。やはり、ぎりぎり「奇祭」である。「少し風変わりだと思われるものを選んだ」と著者がいうように、そういう押さえの方がいい。なぜなら、これらは敬虔であり信仰であるから良いのであって、外側からいきなり「トンマつり」では面白さが半減してしまう。とはいっても、著者の頓狂なものに対する偏愛は、筋金入りだ。これは、ぼくが敬愛する井伏鱒二や内田百聞に通じている。話が逸れるようだが、このところ、老人が書く文章に興味が引かれる。まだ老人というのには、この著者の場合元気だが、そういう老熟した軽妙さも味として含まれている。老人というのは、気の流れがいいらしい。片山洋次郎という整体師の本に、赤ちゃんと老人は気を通しやすい、とあった。その気の流れの良さ、物忘れもその一つかもしれないけど、そういう感じを老人の文章に感じる。風通しが良くなっていて、悪く言えば、ちゃらんぽらんになってしまっているのだけど、凝縮力とはちがう良さがある。文学者に限らず、論文などでもそれは感じる。中井久夫は、60歳過ぎの新説はだいたい間違っている、みたいなことを言っていたが、、。ともかく、この本は少しづつ読んでいる。祭り好きのみならず味わってもらいたい珠玉のエッセイである。
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by isourou2 | 2012-09-09 00:06 | テキスト


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