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木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか(増田俊也 新潮社2011)

厚さ4.5センチ。この本を60才の知人に渡したら、一晩で読んだ。そういう磁力のある本である。さすがに、ぼくも一晩ではないが、ついつい夜更かししてしまった。
小学生から高校生、たぶん30代半ばくらいまではプロレスや格闘技に強い関心を持っていた。ただ、それは専門的な知識を求めたり、自分が行ったりするものではなく、自分の世代としては割と平均的でもある流れであった。なんといってもまだ、小学生の頃は金曜8時には新日本プロレス、土曜午後には全日本プロレス、時間帯は忘れたが国際プロレスと、子供が視聴できる時間にプロレスの放映が3回もあった。女子プロレスもやっていたかもしれない。
ブッチャーやスタンハンセン、タイガージェットシンやアンドレザジャンアント、出てくる外人レスラーたちもキャラ立ちがすごくて、ほとんどファンタジーの世界であった。たしか、小学校高学年ぐらいでタイガーマスク。タイガーマスクのトリッキーな動きには本当に魅了された。そして、アントニオ猪木。彼が次第に衰えていくのを画面で確認していくというのがある意味、ぼくの(そしてぼくら世代の多くの)プロレス物語の軸になっているが、それでも、猪木は闘い、プロレスは最強だといい、八百長ではない証明をするためとして異種格闘技戦を行っていた。今、考えれば、そんな(ほとんど)嘘を堂々と言い、その責任が追求されないのも不思議なことのようにも思うが、そんな言動自体もプロレスのファンタジーの一部である、という風に半ば受け取られていたためであろう。結局、そのような「闘いのファンタジー」に幼少期からがっちりと胸をつかまれてしまっている人たちが、大勢いるわけである。そして、もちろん、この作者の情熱の元にもやはりそれがある。そのファンタジーに一度掴まれた人はどんどん引き込まれる内容だろう。しかし、そうではない人にとっては、この厚さを読破するのは難しいと思う。とはいっても、この本はそれだけではない。木村政彦が生きた時代を活写するための時代背景の説明やサイドストーリーがおもしろい。また、木村以外の柔道家たち(講道館柔道という現在メインの柔道から見れば異端の柔道家たち)の個人史の記述も興味深い。ブラジルの日本人移民社会の話(特に戦後10年たっても日本が戦争に勝ったと誤解している「勝ち組」の話)など、木村を通して昭和という時代を興味深く描いている。また、嘉納治五郎が創始した講道館柔道が、どのようにして戦後GHQに潰されず(その結果総合格闘技としての性格が失われた)、講道館=全柔連として柔道界を覇権したのか、の歴史が詳細に書かれ、そこからは最近の柔道の暴力問題や全柔連のセクハラ問題などの根が垣間見られるように思えた。
しかし、この本は、繰り返しになるがプロレスや格闘技のファンタジーに胸を掴まれた人間がそのような読者に対して書いた本(ゴング格闘技に連載)したものである。なので、この本の重要なアングルは、誰がどのように強かったか、をそれぞれのキャラクターと物語性の中で語るもので、言ってみれば、非常にプロレス的なノンフィクションである。プロレス的なノンフィクションという矛盾こそが魅力なのである。木村政彦ー岩釣兼男ー石井慧という物語は、まるで力道山ーアントニオ猪木ー小川直也、という闘魂伝承みたいな話ではないか。作者は、真実を追い求めているようにみえるが、そのこと自体がプロレスや格闘技のファンタジーの心性の中にあり、だからこそ(ぼくのような読者を)夢中にさせるのである。1976年のアントニオ猪木(柳澤健)、という本も同様である。非常に優れた本が生まれているのは、もともとプロレスは言葉と相性がいいからである。古館一郎が天才的な実況なくして新日本プロレスの成功はなかっただろう。それは、格闘技でも同様である。ファンタジーの世界が重要だからである。だから、実際の動きを見ることができないという大きなハンディがありながらも、活字で読むプロレスや格闘技というのは魅力がある。そして、この本がそのようなファンタジーの引力圏にあることは、結局、木村政夫というのはどういう人間だったのか、があまり伝わってこないことも意味している。それは、師匠の牛島辰熊が国粋的な思想の持ち主だったのに比べ、木村には「思想」がなかった、としてしまったことも原因だったかもしれない。断片的なエピソードからは、権威的なものや権力的なものに対しての忌避という木村の思想が読みとれるのだが。
ともかく、この本は、明晰なアングルのもとに、木村政彦と作者が渾身の力で組み合った手応えのある試合である。手に汗にぎり、夜更かしすることになるだろう。
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by isourou2 | 2013-11-04 00:51 | テキスト


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