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闇市(マイク・モラスキー編 皓星社2015)

紙礫というアンソロジーの第一巻である。
編者のマイクさんはアメリカ人である。このような日本研究者、特に日本語が闊達な人に関心がある。いくら勉強しても外国語を習得できるような気がしない自分としては、ある種のスーパーマンに思えるのである。たとえば、瞽女の研究をしているジェラルド・グローマー 。マイクさんは前書き・解説とも日本語で書いているが、その筆力は達者な日本語ネィティブにひけをとらない。違和感がまるでないのである。前述のジェラルドさんは、その研究において外国人ということに焦点があたることについての苛立ちを書いていたと思う。日本文化の研究において、日本語が出来ることは必須の前提だろうし、そのことに関心が向かうこと自体が、研究内容を軽んじているようにも下駄をはかせた評価を思わせる差別的な意識の現れにも感じるだろうことは理解できる。しかし、それにしてもというところはある。ある意味、日本においてもマイナーである研究テーマの掘り下げとちょっと不思議なほどの日本語の熟達には関連があるように思う。たとえばマイク氏の場合、アメリカ文化への感じ方にその動機があるはずである。もっと言えば、どのような疎外感を母国の文化に持っているかということである。

この選集のチョイスはかなり優れていると思う。
既読のものは梅崎春生「蜆」くらいだった。全作品を通読して感じたのは、文体の豊かさ、そして会話の面白さである。からかい、冗談、機知、いじわるというものは論理でも事務的な手続きでもない。レトリックである。論理でも手続きでもない会話で物事が決まったり出来事が生起すること。これらのレトリックが効を奏するのは、相手の胸襟を掴みとるような、相手の体臭を嗅ぎ分けるような実際的な洞察が必要になる。つまりは、そのレトリックが相手の感情の琴線に触れなければならない。そしてそれは、論理や手続きがあやふやになっている場でこそ大きな力を発揮する。だから、闇市あるいは焼け跡的な状況で物をいうわけである。会話が多彩になれば、それは小説の文体にも影響を与える。つまりは、これらの文学が面白いのは、そのような状況にきっちり根ざしているためといえる。多くのストーリーは、他愛なかったり行き当たりばったりだったりする。バラック的と言ってもよい。しかし、この選集に載っている作品のどれもが油の乗っている書きっぷりである。現代日本の作品は、構成が練られていても平板なものが多い。権威や秩序が曖昧になって自分の力で生きていかないといけないような状況の中でのハッタリに近いような真実が文学の母体ではないかという結論に達するようである。

どの作品にも語るべきものはあるともないとも思うのだが(解説には選者による各作品ごとに寸評もある)先日、没したということで野坂昭如氏「浣腸とマリア」を取り上げる。
タイトルから作者が得意そうな糞尿譚を懸念するところだが(といっても野坂氏の作品を読むのははじめてだが)そうではない。そうではないが、ここで描かれているのはメタフォジカルな要素が強い同性愛と近親相姦である。それが、家族という場が壊れていくことと結びつけるように描かれている。そのことが説得力を持つのは焼け跡という背景があるからである。戦死した夫を持つ未亡人と息子、気丈な祖母という戦中の理想的な家族が、戦後、祖母は寝たきりの愚痴にまみれた老女になり、未亡人はにわかに生き生きと働きだし祖母をいじめるのを趣味にする女になる。祖母が食い意地ゆえに餅を喉に詰まらせて死ぬと祖母の語っていた勇敢な父の姿が息子の中に再帰的に甦り出す。母親が男を連れ込むことを契機にして、息子は家を出て結局は男娼になる。未亡人もまたパンパンになる。そして二人は出会い近親相姦へ。父親が同姓愛者であったという母親の告白と相まって、家族の解体の最終的な確認になっている(選者の「残るは真の母子である」というのは少し解釈が違うと思う。この作品は母親の息子に対する東京にでも行けという平静な言葉と息子の混乱で終わっている)。ここで描かれている人物は状況に対して受け身であることは拭いがたく、それは作者のユーモアの身振りの底に家族像の希求という案外保守的なものが眠っているためだと思う。
この選集の中では内的な論理によって上手く構成されている作品になると思うが、別にそれを焼け付け刃と捉えてもよく、先述したように作品の面白味はうねるような文体と会話の妙にある。文体・会話というもので変転する時代の鼓動と敏感に同期することが、本質的に求められている時期だったともいえ、極言すればそれぞれの物語はそのための動力源になれば良かったのだとも思う(石川淳「野ざらし」も同様な意味で成功している。)。ー注

この選集「闇市」には意外とアメリカの影は薄い(「軍事法廷」をのぞく)。主に、戦争という状況(敗戦という状況)が日本に住む人たちやその人たち同士の関係に与えた影響が描かれてある。次巻は同選者による「パンパン」だそうである。外国兵を対象にしたセックスワーカーである彼女らは当時の日本でアメリカなどの連合軍と直接的な関係を持っていた一群の人間であり、彼女らを通して物資が闇市に流れ、また日本に住む人たちの目には彼女らの振る舞いの中にアメリカが映って見えたにちがいない。
おそらく異文化の中でのアメリカ人の立ち現れ方を探求することによってアメリカ人としての自分を相対化することを内的にモチーフとして持つはずの選者のより問題意識を反映した内容に次巻がなるのではないかと期待している。

注ー戦後すぐに書かれたような感触をもった「浣腸とマリア」だが、1965年の作品だった。しかし、ここで記したことはこの作品の場合は妥当すると思う。それが、マイクさんのいう野坂氏の<戦中ー戦後ー高度成長後>の捉え方の連続性なのだと思う。また、このことは、1971年に発表されたチョンスンパク「裸の捕虜」には当てはまらない。この作品で重要なのは内容である。


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by isourou2 | 2015-12-16 19:55


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