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ブッタを語る(前田専學 NHK出版)

死んだ後も、魂などが生きていて天国とか地獄に行くと考えるのは、奇妙な考えだ。ましてや、そこから再びこの世に生まれ変わってくる、というのはいよいよ奇妙な考えだ。
誰も天国や地獄を見たものはいないし、また死んだ人が甦ったのを見た人もいない。だから、死んだらそれっきりで終わりと思う方が自然であるのに、なぜそんな奇妙な考えに取り付かれたのか。
死別するのは名残り惜しいという気持ちが周囲にいる者にする場合が多いだろう。そのために、再び、どこかで再会できないか、という風に考えたかもしれない。
または、現実世界のあらゆるものたちと共に生きている感覚が強いあまり、その感覚からあるゆる生き物たちが自分たちの死んだ祖先の生まれ変わりであると観念されたのかもしれない。
あるいは、自然の猛威の前に人間の存在があまりに弱かったために、自分たちを護るものとして親子関係や共同体の関係の象徴的な延長としての祖先の庇護の力を必要としたのかもしれない。
しかし、この本を読みつつ関心がひかれたのはちがうことだった。
どうやら、輪廻転成とかあの世という考えには、インドにおいては認識論の問題が関係していそうなのである。哲学的な思索としてもあった、ということに何となく驚いたのである。
以下はぼくの勝手な推定だが、自己原理「アートマン」と宇宙原理「ブラフマン」の合一が解脱である、という話は、認識論に言い換えることが出来るようだ。アートマンは、それ自体は認識されることのない認識主体であり、アートマンにとっては世界は幻想かもしれない。これは、独我論(観念論)にたどりつくだろう。また、ブラフマンからみると、認識主体があるなしに関わらず、ブラフマンから導き出される客観世界が存在することになる。これは、実在論になるだろう。
独我論にしても、認識される何かはあるはずだし、実在論にしても、その論自体を認識しているはずである。双方単独では成立しないが、どう関係しているのかを説明するのは難しい。
そこで、インドでは、独我論単独では、「死」は捉えられない(転生が必要)、実在論単独では「生」は捉えられない(あの世が必要)、そのため、それが解けない限り、永遠に宿題にしますよ。そのかわり、実在論と独我論を矛盾なく構築すること、これがスカっと出来たら、この堂々めぐりから上がり(=解脱)ということにしましょう。そういう公案みたいなものとして、哲学問題として、考えていたということも出来るのかも、と思った。

そして、ブッタは解脱したのである。
しかし、ここで、おもしろいと思ったのは、ではその公案の解答は何ですか?と聞かれても、ブッタは黙して語らなかったことだ。
しかも、なんで返答しないのかと聞かれてもやはり答えなかった。これでは、ブッタの実現した解脱がなにを指すのかが分からない。
アートマンとブラフマンが合一なのか、合一だがそれは言葉では語れないのか、語らないのか、それとも合一と解脱はちがうのか。
この本によると、どうやら、そのような問題はだいたいはどうでもいいことだ、と分かったというのが解脱したということのようだ。まぁあんまり考えても仕方ないよ、という感じだろうか。それを「中道」と呼んだのかもしれない。大森荘蔵さんが、ちらりと読んだ本の中で「実在論はほどほどでしかありえない」そして「実用的実在論は人間の生活そのものなのだから、それを持たないということは生活と生命を放棄することに他ならない」と書いていることに近いのかもしれない。
人にとって大切なのは、苦しまずより良く心穏やかに生きていくことだ、というのがブッタの考えで、修行だの哲学だのはあんまり役に立たない、場合によっては悪い作用があるというのが発見だったようだ。もちろん、場合によってはいいのかもしれないが、とにかく、人生をより良く生きるにはどうしたらよいか、という発想の転換と、そのための方法はある程度パターンはあれども人それぞれであり、その時の方法には本質的な意味はなく、要らなくなった捨てればいい、という考えのようだ。かなり実際的な発想である。そして、ブッタはどんな人にも対応しますよ、というフリースタイルのその幅が当時としてズバ抜けていて、その場その場のやりとりが優れていたのだと思う。つまり、その場に立ち会わないと分からない類の臨機の凄さだと思う。幅と臨機と風通しの良さ、ということになる。それは、いったんは突き詰めたところから生まれたものだろう。
ブッタの最期近くのこの言葉はすごくいい。
「アーナンダよ。ヴェーサーリーは楽しい。ウデーナ霊樹の地は楽しい。ゴータマカ霊樹の地は楽しい。7つのマンゴーの霊樹の地は楽しい。バフプッタの霊樹の地は楽しい。サーランダダ霊樹の地は楽しい。チャーパーラ霊樹の地は楽しい。」
by isourou2 | 2011-03-10 23:56 | テキスト


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