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私に構わないで(ハナ・ユシッチ 2016)

友人のSさんと映画を見に行った。精神障害者手帳を持っているSさんと一緒なら、ぼくも付き添いとして無料である。午前中に「Oさん、ヒマ?」と電話がかかってきて、ぼくもSさんに電話をしようかと思っていたところだったから、ちょうどいいといえばちょうど良かった。
会場であるフィルムセンターの1Fロビーには、座り心地のよいソファーがコの字型に並び、開場までの間、そこで待つことになっている。ぼくが14時すぎに行くと、Sさんは5人目くらいのところに座っていて「13時前にきた」と言っていた。すでにソファはほぼ埋まっていた。ほとんど人が静かに本などを広げている。警備員とSさんの声だけが大きい。Sさんは3日連続(はじめの日はぼくも一緒)で見に来ていた。
「ハリウッド映画とかじゃなくて、こういうあんまり誰も見ないような映画が好きなんですよ。ドキュメンタリーとか」とSさん。
Sさんは、ぼくより5歳くらい年上で絵を描いている。大柄のSさんがまじめな顔をすると厳しい芸術家のように見えなくもない。
「ブルースリーが好きだったんですよ。はじめて見た映画が「ドラゴンへの道」ですごく面白かったから、「燃えよドラゴン」を見に行こうとおもったら、一緒にやっているのが「エクソダス」だったからやめた。エクソダスって知ってる?」「知ってるよ。古典的なホラー映画。食い合わせが悪い2本立てだね」「ハハハ」とSさんが大声で笑う。「でも、後でエクソダス見たら面白かった」とSさん。警備員が「映画の料金を案内します」といって、いちいち細かくアナウンスをはじめた。
さらに「本日、上映後にNHKの取材が入っています。上映後にインタビューをさせていただくことがあります」と言う。Sさん、活気づいて「Oさん、NHKだって。テレビにでるチャンスだよ。有名になるよ」「テレビに出たいのはSさんでしょ」とぼく。Sさんは絵描きとして売りこんでテレビに出たことがある。しかし、ジャニーズのアイドルに「働けよ」などとコメントされた苦い経験がある。「テレビ出演は警戒しているんですよ」とトーンダウンするSさん。
警備員が「では、私に構わないで」と言ってから「入場をします。まず、はじめに身体障害の方でエレベーターを使う方は手をあげてください」。1人がよろよろと立ち上がる。警備員が自分に構わないで、と言ったようにも聞こえておかしかった。そのままゾロゾロと行列をつくって、階段をのぼって2Fにある上映場まで歩いていく。どことなく炊き出しみたいだ。Sさんにそう言うと「まきだし?」、3回言っても「ときだし?」と通じないのであきらめる。Sさんは、受付に手帳を差しだし「付き添い」とぼくを指さし、チケットを2枚受け取る。気持ちがチケット入手にむいていたSさんには、ぼくの言うことなどあまり耳に入らなかったのだろう。

映画は、嫌みばかりを言っている母親と強権的な父親と知的障害のありそうな兄、という家族の中で暮らしている女性の話だった。まだ10代に見える痩せた彼女(実際は20代半ば)は職場でも、とけ込もうという気持ちを持っていないし、冷たい関係が周囲を取り囲んでいる感じ。働いてない兄は妹に弁当を届けるのが日課で、二人の関係には多少気持ちが通じているのがホッとさせる。ある日、父親が脳卒中で倒れ不随になり、そこから少しずつ家族の関係が変化していく。70年代のシンセ音楽のような不気味な音響と省略が多く説明しすぎない映像で、飽きそうで飽きない。母親は、泳げない夫のために行くことができなかった海へ子どもたちを率いて遊びにいく。また、金銭的に一家を支える主人公は父親みたいにケチになり、兄を「なんで働かないの」と責める。主人公は、父親という抑圧が除かれたため、または、その父性の喪失を埋めるように、または「やせっぽち」と揶揄されている自分の一種の回復のように、ゆきずりの男たちと関係を結ぶ。兄は、「男なのに妹に叩かれて何ともないの」という近隣の声に呼応するかのように、ふしだらとされた妹を母親とともに殴打する。すべてのシーンにおいて、心理と出来事が有機的に関連していることが後になってみるとよく分かる。ラストはプールで、リハビリのために父親が看護士に付き添われてゆっくりと歩く。その脇を母親と兄がはしゃいでいる。主人公は潜水で達者な泳ぎである。

映画が終わって、トイレから出てみると、SさんがNHKの取材陣のまわりをうろうろと歩いていた。


by isourou2 | 2017-05-31 20:32 | 映像


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