人気ブログランキング | 話題のタグを見る

境界性パーソナリティ障害~疾患の全体像と精神療法の基礎知識(小羽俊士みすず書房2009)

専門書である。でも、相当に読みやすい。著者が「精神療法について実践的な考え方を議論することを目的」に「治療で関係ないところでの理屈をこねるのは最小限にした」ためだろう。たしか5年前くらいに読んだから再読である。言うまでもないが、こちらは素人だから、この障害において、薬は補助的なもので、治療の中心に問診を置いているということからして知らなかった。そして、そもそも精神療法は(すべてかどうか知らないが)、治療者と患者の関係の中に病状を再演する形で移し替えることによって行うことも知らなかった。これは、患者との関係において、治療者が病気の一方の当事者になるようなものである。通常の医者のあり方とは全然ちがう。なので、ある意味、通常の医者以上に医者としての枠組み、診療という時空を区切る等、が必要だろう。単に話を聞いて助言をしているだけなのかと思ったら、このような大変な作業をしているわけである。そのため、具体的な臨床例をあげて、それをどのように解釈していくかという読み解き方が大変に面白い。顕示的に示されている話がもつ象徴的な意味、それを治療者と患者の関係を示しているものとして読み解く。分かりやすく例示しているにしてもスリリングですらある。話だけではなく態度(行動)もあわせて、つまりは、メタメッセージの解釈を行う。そして、その解釈を患者に伝えていくことで患者が自覚していない部分の統合を促す作業が治療の中心になっている。解釈を伝えるべきなタイミング(介入)も具体的に書かれてある。
この本の中で一番よく出てくる概念である〈投影同一化〉も大変参考になる。これは、相手に自分を見るという単なる〈投影〉ではなく、自分の中の抱えきれない嫌な思いを相手に引き起こし(押し込み)、その嫌なものを取り入れざるえない相手の感情を支配することで、自分の気持ちをコントロールする、という心的な動きである。ある程度親密な相手から自分の中に嫌な気分がもたらされている時、投影同一化されていると考えていいのではないだろうか。そして、それは、自分が相手に投影同一化をしている結果、そのような連鎖であることが多いと思う。治療的には、「投影同一化されてきている未知なものをとりあえず受け入れておき、理解が生じてくるのを待つ」「自分(患者)にとっては受け入れられない、抱えきれないものであったその嫌な感情も、相手によって受け入れられ、抱えられ、理解され弱毒化された状態になるのを見て、患者は再びその嫌なものを自分に受け入れ、抱え、理解するようになる。こうしたことを繰り返す中で、受け入れ、抱え、理解する能力という心の機能が患者の中に取り入れ同一化されていくことになる、と考えるのである」。実生活では、なかなか、このようにはいかないのではあろうが、こういうことを知っているのが有益なのは間違いない。この本で書かれていることは、診療の場という限られた時空において有効な考えや技法であるが、その診療の場では、治療者と患者は、日常の時空と同じように、当事者として疾患に取り組んでいるわけで、そこでの知識が日常にも有効性があるのは当然のことである。つまり、この本が専門家ではないぼくが読んでも面白いのは、日常において生かせるような認識がたくさん書かれてあるからである。同じ著者で、一般向けの本も出ているが、たぶん、それよりも専門家でなくても、この本の方が得るものが多いような予感がする。


by isourou2 | 2019-01-31 16:30 | テキスト


日々触れたものの感想をかきます。


by isourou2

カテゴリ

全体
音楽
テキスト
映像
オブジェクト
未分類

お気に入りブログ

ホームレス文化

外部リンク

この記事に対する感想は

abcisoourou@gmail.com(abcを削ってください)
まで
お願いします

記事ランキング